2007年8月19日日曜日

犬はおれを連れて歩いているつもり


『東京・自然農園物語』

山田 健(やまだ たけし)
出版:草思社 2007年
定価:1680円(税込)
ISBN978-4-7942-1579-6 
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sivaさんの「週刊・お奨め本」で紹介されていた本。
面白そうなので私も読んでみました。農業ファンタジ
ーなんてキャッチ・コピーが書いてありますが、設定
そのものは現実的ではないけれど、じっさい、こんな
ことになったなら、というシミュレーション小説でも
ありますね。表紙絵が笑えますが、中身も肩の力の抜
けた上質のエンタテインメント。

都心部には珍しい四千坪の農地に隣接する安普請のア
パート。なぜか水洗ではないトイレがついているその
建物に住む四人の住人。若いコピーライターに万年学
生、そしてヤクザとホステスという奇妙なとりあわせ
の面々である。ある日、彼らに思いがけない遺産がこ
ろがりこんできた。アパートの持ち主でもある農地の
オーナーが、四人に四千坪の農地を残したのだ。ただ
し、「五年間人肥を使った有機農法で農業を続けるこ
と」という奇妙な条件がついていた。

できるだけ手を抜いてテキトーにやっていれば土地が
手に入る、などと高をくくっていた四人だが、いざ始
めてみると困難の連続。とにかく無農薬・有機農法と
いうのが難しい。蒔いた種からせっかく芽が出ても、
たちまち虫の餌食になる。根菜も簡単には育ってくれ
ない。池には大量のボウフラがわく。だが、殺虫剤を
撒くわけにはいかない・・・・・

「もし、四千坪の農地が手に入ったら」というシミュ
レーション。しかも売ってはいけないし、宅地にもで
きない。あくまでも農業をしなければなりません。ま
るっきり農業に素人の四人。読者のあなたならどうし
ます? 

四千坪と一口に言われても、さっぱり実感がわきませ
ん。小説では、四千坪全部が農地ということにはなっ
ておらず、実際に畑として四人が考えなければならな
いのは二百坪のようです。まず何をしたらいいのか、
ということから始まります。草取り、種まき、肥料。
ところが、この畑、元オーナーのおじいさんの仕掛け
が至るところに隠されており、あっと驚くことの連続。

『みなさんは、この四千坪の農地の相続人に指定され
ております』

「土肥老人は、想像していたよりも、はるかに働き者
だったらしいということだった」

『おい、直也、そこに指つっこんで、ちょこっとなめ
てみい』

「まず、ヒシャクで汲み取る作業が、ここで描写さえ
したくなくなるくらいに、げんなりさせられるもので、
『ま、想像はつく』くらいに思うかもしれないが、と
んでもない」

化学肥料や農薬を使ってはいけない、というのですか
ら、四人は頭を悩まします。しかも「下肥」を使わな
ければならない。この下肥の作り方が、なんとも傑作。
私も家が農業とは無縁なので、こういうことは不案内
でしたが、勉強になりました。小説では、結局畑の野
菜作りには成功したとは言えません。が、一面本書の
農地は「宝探し」という趣きがありますね。

ただの雑木林と思ったら果樹園だったり、多種多様の
キノコが生えていたり、下肥以外の肥料が隠されてい
たり。しかも四人が直面する問題に、おじいさんの想
定問題集がちゃんと答えてくれるという、ゲーム性も
持っております。野菜の無人店を作れば、地域住民と
のあれこれの問題が発生し、さらには自民党の農業政
策への批判もちらり。この小説の時代設定が、バブル
のちょっと前というのも意味深です。気楽に読めて、
なおかつ、お勉強になる。珍しい小説。「土地って誰
のもの?」と読者も主人公と同じ結論に達するのが目
に見えるようです。 

2時間10分


犬はおれを連れて歩いているつもり


評価  ★★★★

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